歳を重ねた親の介護は、誰にとっても他人事ではありません。今回ご相談いただいたのは、そんな親の介護を一手に引き受けた方でした。献身的なその姿は、周囲の誰もが認めるところでしたが、他のご兄弟は遠方でそれぞれの生活を送っており、具体的な手助けをされることはありませんでした。
しかし、親御さんが亡くなった途端、事態は急変します。これまでほとんど関わってこられなかったご兄弟たちが、相続手続きに俄然として積極的な姿勢を見せ始めたのです。亡くなったお母様は生前、介護をしてくれた相談者に感謝の言葉を繰り返し述べていましたが、残念ながら遺言書は残されていませんでした。
結果として、遺産分割は法律の定める割合に従って行われました。長年お母様の面倒を見てきた相談者の心情は察するに余りありますが、残された遺産の額を考えると、他のご兄弟が主張される通り、法律に基づいた割合で署名捺印するしかなかったとのことです。さらに、この相続において大きな問題となったのは、お母様が暮らしていた地方の実家の扱いです。地方の不動産は買い手が見つかりにくく、維持管理も容易ではありません。今回のケースも例外ではなく、結局その家は誰も住むことなく空き家となり、最終的には二束三文で手放されることになりました。
この一連の出来事は決して珍しいものではなく、相続の現場では日常的に起こりうることです。全ての手続きが終わった後、「やっと片付きました」と報告してくれた相談者の、安堵と疲労が入り混じった表情が今も忘れられません。そして、残念ながらこの相続をきっかけに、相談者とご兄弟の関係はぎくしゃくしてしまったとのことです。誰もが納得できる相続を実現するためには、まず家族間のコミュニケーションが何よりも重要です。親御さんが元気なうちから、将来のこと、財産の分け方、そしてお互いの気持ちを率直に話し合っておくことが、不要な争いを避けるための第一歩となります。今回の相談のケースも、もし生前にしっかりと話し合いができていれば、介護に尽力された相談者の思いや苦労も、もう少し考慮された形での遺産分割ができたかもしれません。
相続は、故人の財産を引き継ぐと同時に、家族間の関係性を映し出す鏡のような側面を持っています。円満な相続を迎えるためには、生前の十分な話し合いと、法的に有効な準備が不可欠です。そして、何よりも大切なのは、家族一人ひとりが相手への思いやりを持ち、互いに感謝の気持ちを持って接することなのではないでしょうか。
(司法書士 菅原香織)
